未来食堂通信

giganti

Ulisse Aldrovandi  1522-1605

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「紀元前8世紀頃に成立した盲目の吟遊詩人 ホメロスによる「オデュッセイア」・・・・・・



上の絵のようなボッカッチョも想像したであろう典型的なシチリアの巨人のイメージはその中に存在している。」








「オデュッセイア」という約1万2000行の超長編叙事詩の詳細はこのブログでは省かなければいけないが トロイア戦争で「トロイア(トロイ)の木馬」を考案したギリシャ随一の軍略家、イタケ国王オデュッセウスの冒険奇譚といえば話がはやい。




シチリアの件はオデュッセウスがトロイア戦争後、故郷のイタケ島に 紆余曲折を経て向かう途中に食糧補給のために立ち寄った島として登場する。





この時シチリアを支配していたのは巨人族で その中でも最も大きな巨人である
ポリュフェモス(イタリア語でPolifemo ポリフェーモ)の住処である洞窟に 12人の部下とともに閉じ込められたのである。



部下たちが骨ごと昼夜2人ずつ食べられていくうち、オデュッセウスは持っていたワインをポリュフェモスに飲ませて機嫌を取った。




これに気をよくしたポリュフェモスは、オデュッセウスの名前を尋ね、オデュッセウスが「ウーティス」(ギリシア語で「誰でもない」の意)と名乗ると、ポリュフェモスは「おまえを最後に食べてやろう」といった。



ポリュフェモスがワインに酔いつぶれて眠り込んだところ、オデュッセウスは部下たちと協力して巨人の眼を潰した。





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ポリュフェモスは大きな悲鳴を上げ、それを聞いた仲間の巨人たちが集まってきた。




巨人たちはポリュフェモスに「誰にやられた?」と聞いたがポリフェモスは「ウーティス(誰でもない)」と答えるばかりであったため、巨人たちはみな帰ってしまった。






こうしてオデュッセウスたちは羊の腹の下に隠れて洞窟を脱出し、船に戻って島から離れることに成功した。







シチリア島の東、カターニアからバスで小一時間ほどかけていくとアチトレッツァ(Acitrezza) という小さなリゾート地に着く。1948年のルキノ・ヴィスコンティ監督作品『揺れる大地 ( La terra trema ) 』の舞台であった漁師町でもある。(シチリア版「蟹工船」の舞台といってもいいだろう)


ここを海岸に沿って歩いていくと大小様々な玄武岩が水面から突き出していているのがたくさん見えてくる。その岩に打ち付ける波も荒いので典型的なビーチリゾートには向いていない。





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写真の海から突き出た大きな岩は 島から船で逃げるオデュッセウスにポリフェモスが投げた物といわれている。







??・・・・・













ホメロス? 

















ボッカッチョ?












私はあることに気づいた。



















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by tre-lumache | 2011-05-04 00:54 | 巨人伝説