未来食堂通信

カテゴリ:サラセン( 4 )

イベントの一品

2月11日のイベントで 僕は前菜の一つを担当しています。

北イタリアがテーマなので修行先の一つであるリグーリア州の伝統料理を

作ります。


僕はその当時、リグーリア州のアラッシオという町にいたのですが、(バーチ ディ アラッシオで有名)


リグーリアの食文化といえば ジェノバ料理を中心として フォカッチャで有名なレッコ、 


ガンベロ ロッソ(赤海老)で有名な サンレモ(カジノで豪遊できるところ)、



某フランス星付レストランの日本人シェフも毎週買い付けにやってくる市場があるので有名な



ヴェンティミリアなどイタリア国鉄の駅ごとに個性のある



いいところでした。



毎週休みどっかの街に地方料理探訪するのですが、飽きてくるとお隣のフランスの小さな町や


モナコやフランスのニースにも近いので


まるで自分を見失った昭和の地方出身の東京私立大学生が雀荘やパチンコ店に毎日いりびたるかのように


気が狂ったかと思えるほど 一時 毎週通っていました。



そのへんの話を書いているとまた長くなるので又今度にするとして


このイベントの機会にイタリアの艶車 アルファロメオについて調べる事になりました。



つづく
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by tre-lumache | 2010-02-28 08:33 | サラセン

徒然・・・・・

2月11日のイベント当日にお出しするものの一つに、16世紀ごろ地中海をへだてて対立する


サラセン人から追われたジェノヴァ人が食材がほとんどないというサバイバルな環境下



生み出した料理をつくります。



サラセン・・・・という何となく差別用語的な香りを感じさせる言葉に反応してしまいそうになりますが、


ヨーロッパからみた古代アラブ人、あるいは中世イスラムのことを歴史的にサラセンというだけのようです。


日本では歴史上においても現代においても国名は


現地の発音表記に近い呼び名に統一する流れがすでにありますが


食文化やそれにまつわる歴史上の物語においては「サラセン」と呼んだほうが、


何となく風合いがでてくるような気がします。



このころのサラセンといえばオスマン帝国のことをさすのでしょう。昔習ったオスマン=トルコ。



さらにこの料理が生まれた頃は 第10代スレイマン1世の統治下、



中央ヨーロッパから北アフリカまで領土が広がる最盛期。



特に1538年プレヴェザの海戦では、スペインなどの連合艦隊を破り、



地中海のほぼ全域を支配下に置くことに成功したことが有名ですが、



ジェノヴァ共和国もこのころ地中海の覇権をオスマン帝国と



熾烈に争っていた時代で、上記の連合艦隊の中にも加わっていたかも知れませんので、



一番最初に書いたような命からがら生き延びたジェノバ共和国の



人がこの料理を作った情景も鮮やかに思い浮かびます。



つづく。
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by tre-lumache | 2010-02-25 04:47 | サラセン

つづき

というわけで、いつのまにか郷土料理イベントも終わってしまい 


このブログのサラセン シリーズ自体が旬を過ぎてしまうこととなり、


また孫社長を憧憬の思いもこめて嫉妬してしまいました。


というわけでサラセン人の続きです。


(イベントで登場したサラセン人にまつわる料理は今 店でやっていますので


興味のある方は 御注文してください。)


孫社長に対するような愛憎表裏一体な感情からくる イタリアに対する僕の気持ちは


イタリアの敵であったサラセン人への愛にもつながり もう少しピックアップしたいと思います。


サラセン人の国であったオスマン トルコ(今はオスマン帝国と習うらしい)


は結構 中学生のときから気に入っていて


歴史的に世界最大級の面積の国ということで、大英帝国やモンゴル帝国などと比べながら


虫キング的な、空手バカ一代的な、なんでも何が最強かを


決めたがる最強妄想に憑かれていた時期に習ったので印象に残っていた国です。


イタリアでサラセン人といえばイベントの料理よりも


ミラノのレストランで働いていた時に知った有名なヴィスコンティ家の家紋。


あのスフォルツァ家以前にミラノを統治していた貴族で

その家紋の大蛇の口の中でまさに食べられようとしているのがサラセン人なのです。



c0175267_1220122.jpg



これはミラノの中央駅にあるビスコンティ家の紋章。


恐るべし、西洋的史観。不可解な西洋思想。

その昔 第一回目の十字軍遠征で まさにイスラム側であるサラセン人と戦い、


活躍したビスコンティ家 初代オットーネ ヴィスコンティが


作った紋章らしいのですが農耕民族には理解不能な思考回路からくる家紋。


この家紋の人間が サムライの格好をしている日本人だったら・・・・いや写真では幼児なので七五三の衣装でもきているのか?

と思うと、世間はのんきにイタリア料理など食べてる場合ではないでしょう。










(僕は食べます。)


続く
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by tre-lumache | 2010-02-21 02:17 | サラセン

つづき

というわけで この家紋をモチーフにしているのが

御察知の方もいらっしゃると思いますが、有名なアルファロメオのエンブレム。


c0175267_23445277.jpg



微妙にデフォルメしてオブラートに包んでますが、紛れもなくサラセン人が 蛇に食べられています。


(現在ではサラセン人ではなく森の中で蛇に食べられようとしていた

少年をビスコンティ家が助けたから・・などという由来話もあるようですが、十字軍遠征とビスコンティ家の

関係を考えてみるとそんな話は信じる事が出来ません)


アルファロメオが創立地ミラノの市章である白地に赤十字とミラノを統治していたビスコンティ家のこの家紋を

モチーフにして作ったのですが、

もしトヨタのエンブレムが徳川家の家紋の葵に北朝鮮人がからまっているのを

モチーフにしているのを想像すると色々な意味で ゾッ とします。


またイスラム圏でアルファロメオは販売されているのか?販売台数は?

非買運動などを代表としたイスラム側からの社会的運動の歴史は?

など 想像していくとキリがなく 考えていると眠れなくなってきますが、


世間一般のすべての価値観を超越してなんか好きです。


ちなみに

アルファロメオの名前の由来は 別に アルファ さんと ロメオ さんが 

創立させたわけではなく

Anonima 株式会社

Lombarda  ロンバルディア州の

Fabbrica  工場

Automobili 自動車の

という すなわち

ロンバルディア州自動車工場株式会社

という東大阪の町工場にありそうな名前の会社の頭文字を取って

1910年に設立されたアルファという会社を

1918年 ナポリ出身の ロメオ さんが買収したことから始まります。



今回この記事を書くにあたって車のエンブレムを良く見るようになったのですが

一番よかったのが

英国のダンディズムの象徴 ジャガーのエンブレム

c0175267_1202231.jpg



昔よく読んでた徳大寺有恒流に言うとジャギュア

手塚 治虫が描いたかのようなコミック感がすてきです。

サラセンシリーズ 完
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by tre-lumache | 2010-02-01 01:03 | サラセン