未来食堂通信

私的エヴァンス論からの・・・・・・・・・

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注) 僕ではありません・・・・


・・・・・はどうでもいいのだが、最近発掘されたビルエヴァンスとタンバ・トリオのメンバーとしても知られるブラジルのピアニスト、ルイス・エサがリオで共演したレアな1979年の音源。



これ、売れてるのか、売れてないのか全く知らないが ほぼ ブートな音質と荒れまくる演奏でエヴァンスファンからは結構評判の悪いアルバムになってしまっている・・・・で このピアノ デュオの荒れた演奏は全部 ルイス エサ側に決めつけちゃってる。 

こんなアルバム 確かにリヴァーサイド 4部作(1959~1961)を黄金期・最高傑作に挙げる至極真っ当なジャズファンからしてみると 商売気丸出しの「クソ」みたいなアルバムだと思う。ブラジルなんかに行っちゃってるのもイヤなんだろう・・


79年といえばエヴァンスが他界する1年前。アルバム ジャケットの写真って実際の音源とタイム ラグが生じるのが当たり前だが (特にこういうアトダシ的なアルバムの場合)このアルバムの写真では薬とアルコールでふくれすぎた指と のびまくった無精髭で限りなく晩年に近いエヴァンスの様子が推測できる。



 そんな容姿も原因となって ビル エヴァンス最晩期のこのころのCDやレコードは 貴公子然とした4部作のころと比較してみれば 手に取らない輩もたくさんいるのだが、 僕は `78年のEddie Gomez 脱退後、 ‘79のAffinityをはじめとしてラストトリオにいたる この晩期エヴァンスがとても好きだ。



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音楽的に見ても(聴いても?)緊張感をもち、静寂をマナーとして背筋をいくぶん正しながら聞かなければならない 4部作などに対して この「Live in Rio」や「Affinity」ではタイプはまったく違うが どちらもなんともリリカルで優しい空気に包まれて 愛しさと切なさが入り混じったいい気分で酒が飲める。(`70年のエレピ アルバム 「From Left to Right」もこのタイプなんだけどオーケストラも入るからかいくぶん過剰なんだよな・・・・好きだけど)
The Paris ConcertThe Paris Concert: Edition One / Edition Two などは インタープレイの終着点ここにありという状態でこれ見よがし(これ聴けがし?)のソロをどこかに置いといての 三位一体になってしまったインタープレイの極致がココにある。もちろん4部作にはあまり起こらない「?」の感覚がおきる演奏の箇所もあるんだけれど 次に聞いてみるとそこがいいなと思ってしまう。




話は変わるのかもしれないが、最近 価値観の膠着が気になっている。



雑誌やテレビなんかによくでてくる大阪人論なんかはその一例。
例えば大阪人はカウンターが好きとか、やり取りがうまいとか、隣り同志でもすぐ仲良くなってとか、昔の某編集長がやたら主張していたような大阪人論は今は少し通用しなくなってきているような気がしている。確かにそういう大阪人は多いのかもしれないが東京人も捨てたもんじゃない。不景気の世の中、競争の激しい都会でもまれ生き抜いている今の東京人の中年層の中には洗練された優れたコミュニケーション能力を持った人を客の中にたくさん見かける。 九州人もすごい。


だから、こういうセルフプロファイリング気味に使い古された大阪人論をベラベラ いまだにしゃべっている輩をみると とてもめんどくさくなってくるし、しゃべってても全然おもしろくない。

うちの店は大阪にあって客が大阪人100%のときが多いが決して毎日 コテコテのノリには全くならない。なって欲しいのだがならない。隣り同士も別にしゃべりださない。


うちの店が悪いのかと思って1年通じていろんな店に行くが特に大阪人論たるものをどの店でも感じるわけではない。


〜〜〜


話は変わるけど最近やらせで話題になった食べログを見てて思うことがある。

 店に点数をつけるのは勝手にしとけばいいし、エセ民主主義なシステムについてとやかく書く気は全くないのだが、たいしておもしろくもない口コミを少し読んでいると 結局 投稿してる人々のほとんどや それを参考にしてレストランめぐりをしてる人々が、ひと昔は情報誌やガイドブックを鵜呑みにしてレストランめぐりをしていた人々と同じ判断基準なのだということに気付いた。だから食べログがアテにならないのと同じぐらい昔から雑誌もアテにならなかった。メディアとかマジョリティってのは常に警戒しといた方がいい、とかいう視点はファシズムを経験してそうでしてない日本人にとっては抜けた価値観。





この2つの場合注意して欲しいのは 決して 大阪人論を否定するわけでもないし、一生懸命 点数づけとダサいネット上のシステムの枠組みの中でヘボ文章を書くことを趣味としている人々のことを揶揄するものではないということである。(これを書いてる自分だってたいして変わらない)




1番感じてるのは日本人全体の価値観の膠着化。昔ならテレビや雑誌、今なら特に巨大化したネット産業が生み出す価値基準の膠着化。テレビや雑誌よりもよりそばに常にあるインターネットは一見発言や意見交換が自由なようでいて、結局それぞれの提供コンテンツに参加希望する人々の共通の価値観が膠着化をさらに加速させる。


そんなこんなを考えていると、より多様性が大前提として命題に含まれるリアルな国際社会に突入していくこれからの日本で、そこに未来はあるのか?と言いたくなってくる。


我々日本人(大阪人)は国際競争力をもった新しい価値観や理念が今必要なんじゃないだろうか?ものに対して今までと違った見方、考え方、おもしろさを見出し、発見していかなければ生き残っていけない時代がやってきていると思っている。


そして実際に世の中に発信する力をもった経営者、マスコミ、ジャーナリストは自らの仕事にプライドを持って新しい価値観やものの見方をとらえて発信していって欲しいと思う。流行りを紹介していてどうするんだ。ネットでも知られていない「皆んなまだ知らないけど、こんな面白いものがあるんだよ」というのを伝えるのがジャーナリズム。


この文章を読んだ あなたと私の価値観が違っているのはわかる。違って当たり前。その違いをまずは注意深く観察してみてほしい。もしかしたら自分の感受性と理解力、知識力がいたらないのかも知れない。コミュニケーション能力はどうだ。


音楽との出合いは特にそういう能力が問われる。上述のAffinity なんかハーモニカ奏者シールマンスを初めて知ったのがこのアルバムだったので数カ月かかって数十回聞かないと好きになれなかった。もしかするとレストランもそうかもしれない。



…ごちゃごちゃ書いてしまったが、いつになくリベラルな感じで書いてる自分もウザくなってきたのでこのへんで終わりにします。

リベラルはリベラルでもっとも先に進まないというのが自分の経験…笑











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by tre-lumache | 2012-03-06 03:49